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選挙の話 その1

前回の宣言通り選挙の話です。

とんでもなく今更感のある話ですが、とりえあず。
 今回の選挙の話題性の一つとして、“ネット選挙の解禁”というものがありました。ネットを用いた情報発信によって、より多くの人に、立候補者に関する密度の高い情報を届けることが目的のこの取り組みが、どの程度上手くいったのかは、今後数回の選挙を待つこととなるでしょうが、取り組み自体は前向きに評価されるべきことでしょう。

 ネットによるこれまでより密度の高い情報の発信及び取得は、選挙に限らず取り組まれており、その結果社会構造も変化してきていることは間違いない事実です。ただ、それによって「自身がすべてを知っている」という“勘違い”をする人が増えているのもまた、一つの事実だと思います。ひとりひとりの候補者、あるいは候補政党に関して、得られる情報が増えた結果、その人、あるいは政党が当選した後に行うであろうすべての政策が分かったかのような気になってしまうのでしょう。

 また、このことに加えて昨今のマニフェストを異常に重視する選挙の傾向を踏まえると、今回取り上げる、「政策ごとに投票できたらいいのに」という意見が出てくるのも、ある意味しかたがないことなのかもしれません。

 この意見、選挙に関する他人の情報発信(ツイッター、フェイスブックなど)に大して網を広げていない私であっても、半年前の総選挙と今回の参院選で数回は目にしたかと思います。この意見がどの程度有権者の中に存在しているかは、アンケートでもとってみないとわかりません。ただ、わざわざ選挙に対する意見を発信している人の中で数名でも見受けられ、また、この意見の沸き起こる根幹にある、「マニフェストにおいて、自分の意見と一致する候補者が居ない」という意見を発信していた人の数を考えると(こちらの意見は非常に多く見受けられました)、「政策ごとに投票できたらいい」と思っている有権者は結構な数に登るのではないかと思います。

 さて、私は他人の意見に関して正しいだ間違ってるだ言えるほどエライ人間ではありません。また、社会学やら何やらを専攻している人間でもありません。ただ、そんな私でも、この意見は根本的な部分で間違っていると断言できるし、そう考えている人にはその考えを改めて欲しいと思うだけの根拠があります。

 根拠は簡単です。「選挙とは政治を行う人を選ぶものである」という間接民主制の根幹をこの意見は無視してしまっているのです。選挙において有権者が選ぶのはあくまで議員と政党なのであって、その議員や政党が行う政策については一切の選択権が、我々有権者には存在していないのです(まあ、事前に示したマニフェストに反する行動をとり続ければ今の民主党のような事態を生むわけでもありますが)。マニフェストというのはあくまで議員、政党ごとの色をはっきりとさせるための道具でしかなく、それらを見て、有権者たちが「一番政治を任せられそうな候補者」を選ぶのが、正しい選挙のはずです。

 それが、「政策を基準として選ぶ」ということはナンセンスな話で、また、そういった人が、2009年の選挙で民主党に投票した結果、『有権者たちが真っ当なメディア・リテラシーを身につけることが必要』などという的を外した反省をしていたのだろうと私は想像しています。現代の情報化社会において、政治に関しても様々な情報が私たちの目に入ってきます。それをもって私たちは政治についてその全てを見回し、それを評価出来るだけの力を持ったと勘違いしてしまいます、ただ、私たちの大半は政治に関して全くの素人なんです。結果論でしか政策を評価できないし、目に見えない部分での政治活動には具体的なイメージを描けない人がほとんどなのです。また、そもそもマニフェストにはその政党、あるいは議員に対する法的拘束力は存在しないのです。繰り返します、マニフェストは絶対ではないのです。

さて、では私たちは選挙に臨むにあたってどうすればよいのでしょうか。これは次回に持ち越します。
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テーマ : 選挙
ジャンル : 政治・経済

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Author:talltoy
「えろげ雑話」シリーズで主にエロゲの評論をしています。
最近、知名度を上げるべくほそぼそと活動中です。

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